骨の髄まで慯い

音楽馬鹿の節約生活

今年は身体的な断捨離をする

今週のお題「2018年の抱負」

 

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そういえばご挨拶がまだでした。あけましておめでとうございます。

平成も終わるそうですが今年度もよろしくお願いいたします。

 

一昨年、去年は住む家が転々としていて、落ち着かない年になったなと今になって思うので、今年こそは6年は住めるような拠点を持ちたいなと思っております。
とりあえずそれが目標。
去年は転居をよくしていたので断捨離をしていったのですが、それでも荷物はなかなか減らず、一応はヤマトの単身パックくらいにまでは減らすことはできたものの、段ボール一つに減らすには音楽という唯一長く続いている趣味を切らなきゃいけなくなるので諦めました。

 


 


 

 

それはそうとして、もう一つ目標がある。

 


 学生のころは割とV系バンドは好きだったりしたのだが、生き方でも尊敬してる人の中にGACKTさんがいる。

あのカリスマ性とストイックさには男のわたしでも惚れ惚れする部分は大きく、生き方そのものに今でも魅了されている。

そんなGACKTさんは今でも炭水化物を抜いた食事をとり、身体を鍛えてパーフェクトな体を保っている。それは自分が未熟であるという認識からの理由で、炭水化物を取らない食生活をして日々、体を鍛えているのだ。

 


 

 

確かに、何かを得るためには何かを捨てなくてはならない。というのは一理ある。

やってみてダメなら元に戻せばいいだけだし、私がミニマリストを目指して断捨離をし始めたのも生活の効率化を目指しただけではなく、一度捨てたものもお金を払えばもう一度手に入るという考えの元だ。だから思い出深いものは中々捨てられないという欠点もあったのだが。。。

 

一つ目標を達成した時期でもあるので、2018年はGACKTさんのように生活の中のサイクルを断捨離してみようかと考えた。

 

まず思いつくのはお酒とたばこだ。

タバコは一度禁煙できていたので、今吸っているたばこが無くなったら必然的に吸わなくなるだろう(?)

いや、ほんとに。


 

 

ならば、それ以上のものを捨てなくてはならない。

お菓子はどうだろう。甘いものが大好きで板チョコを一日一枚食べていた時期すらあった私にとっては大変つらいだろう。

 

まだ足らないか?

食欲、性欲、睡眠欲のなかで切り詰めることができるのは食欲か性欲だと思うのだが性欲は今の時代ならネットを開いて1秒、呼吸を止めている間に満たすことができるだろう。実にインスタントな時代だ。

食欲に対しても粗食な質ではあったし貧乏になればお米とフリカケ、もしくは塩だけで生きていける。

 

では、衣食住の三大要素を減らしてみるのはどうだろう。

「衣」に関して言えば、最近はようやくファッションに対して、いや、身なりを整えるということに興味は出てきたがやっぱりまだまだ優先順位が低くて半年に一回ユニクロに行って時期物を数点購入くらいだ。

「食」に関しては、上記に同じでそこまでこだわりはない。

「住」に関しては実家に居候なので半分無い状態だ。

 

もうこうなったら出家でもするか。そんなことを思うくらいに普通の生活をしている人たちよりも切り詰めて生活しているはずなのだが、いつになったら報われるのだろう。

 

 そんな自分の状況を嘆いている文章をキーボードで打ち込んでいるときに気が付いた。

それらの節制というのはすべて自分の為であって、自分で自分の首を絞めていることに過ぎないのかもしれない。

必ずしも節制した生活をしたからと言って報われるものでもない。あくまで節制をしている自分に対して酔っているだけに過ぎないのかもしれない。

そもそも、そうやって自分を虐めたところで精神的に疲弊していくと他人を見る余裕が無くなっていく。家族以外の手を差し伸べてくれる人はすべて他人なわけで、そんな人を見つける余裕すらなくなっていくのではないか。

 

だったら、自戒する日々で精神的な余裕を失っていくのではなく

余裕を持った生活をして、人に「余裕」を与えられるようなことをしたほうがいいのではないだろうかと考えたのだった。

 

 まとめると、

自分がこれまでしてきた生活スタイルは余裕を作るために作ってきたが、それが原因で余裕がなくなってしまっては意味がないことに気が付いたので

これからの2018年は余裕を与えるような人間に変わりたいということでした。