骨の髄まで慯い

音楽馬鹿の節約生活

折りたたみ自転車で北海道から東京へ。相馬市ーいわき市(福島)編

 

 

 

 

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 原釜尾浜海水浴場からの朝日。

 

早朝五時に子供がはしゃぎ声が響く。日曜日なので朝から遊んでいるらしい。子供が遊ぶ場所があるのは素晴らしい。


アレから深夜にもう一度、別の暇な高校生らしき二人組が来たようで、朧気に「テント張ってるんだけど、バカじゃねーの」と毒づかれた事が夢の記憶に残っている

 

朝食を作るためアルコールストーブと鍋を使ってマカロニを茹でていると、昨日の白い犬とお爺さんがやってきた。お爺さんは昨日の話から自転車で南下するには六号線が一部通行止めになっているという事を調べてくれたらしい。そうなると一度山を超えて百十五号線を通って福島市の方に行くなどしなくてはならない。
お爺さんの情報だけでは少し曖昧な部分が多かったのと、山越えはどうしてもしたくなかったので、とりあえず行けるところまで行き、道中の交番などで通行止めになっているルートを確認することにした。
時刻は七時。考え事をしている間に完成したミートソースマカロニとコーヒーという朝食を平らげると出発した。

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 マカロニ+レトルトミートソース。これにソーセージととろけるチーズを入れると尚うまい。

 

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海が近くなると現れる「東日本大震災津波浸水区間」を示す標識

 

ずっと六号線を通るのだが、浸水した地域も海沿いになると増えてくる。その道路の脇には桜の木が新しく植えられており、「この桜が咲く頃にはみんなが笑顔になりますように」等のメッセージが書かれたプレートも添えられているのだ。まだまだ背丈が低い桜の幼木を見ると、少しずつ成長して願いも叶っていくような気がするのだった。

 

途中、雨がポツポツと降りつつも本降りに成らず。時間も午前中ということもあり昨日とは打って変わって非常に過ごしやすい気温だ。


午前十時。短く、緩やかなアップダウンを超えて相馬市の道の駅に到着。道中の電光掲示板にも二輪軽車歩行者は何キロ先通行止めだと言っており、どうしたものかと作戦会議に立ち寄った。

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この書き方だと「脚動」の「自転車」は通行可能なのでは……? 

 

やはり現在の道路状況情報が掲示しており、近くにいた案内係のおばさんにも訪ね、情報を得た所によると立入禁止区域を迂回するには2つ方法があり、浪江町までは取り敢えず自転車でも走行可能だが、そこから先は通行止めなので百十二号線を経由し福島市を北上する手前の川俣町から南下していけば迂回するのとは可能だと言われた。
もう一つの方法は、浪江町まで行き、車は通行できるのでヒッチハイクで乗せてもらうという作線だった。

 

私はヒッチハイクはしたことが無いので二つ目の方法は不安しかないが、それ以上に山越えは嫌だった。

 

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そこで運良くフリーWi-Fiスポットが道の駅には飛んでいたので色々と調べてみると、浪江駅から電車代行のバスが出ているらしい。
未だに浪江駅から原ノ町駅の間は線路が復旧しておらずにいるため、東京と仙台間を鈍行で行き来する人向けに一日に二本だけ、朝と夕に走っているらしい。
さらに、輪行もしてくれるとの情報がグーグルマップの口コミに掲載されていたのだ。

 

そこで私は一先ず浪江駅に向う事にして、バスの時間が来るまでヒッチハイクで運を天に任せてみることにした。ヒッチハイクも駄目、バスも輪行不可能という最悪の場合は浪江駅の海岸か廃墟で眠り、翌日に来た道を戻り山道を進むという作戦を組んだ。

相馬市から浪江町までは四時間程度で到着した。



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途中、原ノ町という浪江町の一つ手前の町があったのだが、原ノ町の駅には定期券の更新の列が出来るほど人がいたのに対して、道を歩く人やサイクリストが段々と消えて人気が少なくなり、廃墟が増えていくのを走りながら見ていて、非日常の緊張のようなものを浪江町に近づくにつれて感じていった。

 

そして小高い山道を抜けると、スーパーやガソリンスタンド。コンビニや商店街が現れた。しかし道には歩いている人は一人もいないのだ。なぜなら店にはシャッターが降ろされ、盗難防止の看板。黄色と黒の危険と書かれたテープが貼られ、侵入できないようにロープが張られた建物ばかりだったからだ。

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誰もいない駅前


これは後で聞いた話だが、どうやらこの町は半年前くらいに立入禁止区域から解除されたらしい。それで建物を取り壊して新しく家や店を作り変えている途中なのだという。

 

現状というものを突きつけられたようでショックが大きいまま、私は浪江駅に向かうのだが、タクシーの出待ちすら無くて、本当にここは見捨てられてしまった町なのだと思う。地震の影響で多くの家族が避難して町を捨てなければならなくなっている事は知っていたが、それはニュースというテレビを通した情報でしかなかった。こうして目の前に、しかもそれから四年も経った現状というものを置かれると拒絶反応のような受け入れ難い感情が湧いてくるのだった。

 

 

駅では私以外にも、もう一人お客さんがいた。
上がりなのか下りかなのかは分からなかったが、ちょうど来ていた電車から降りた水色のTシャツを着た中学生男子だ。


この男子が面白く、どうやらこの駅で電車は終着状態だということを知らなかったらしい。目的地とは全く違う、しかもタクシーすら居ない駅に降ろされ途方に暮れながら親に電話をしていた。


「えー、タクシーすら無いんだけど〜この町どうなってんの」
「残り(全財産が)千八百円と三百円しかないよ〜」
「なんか、バスが来るのが五時半だって」
「おれはこんな所で何をしてたらいいんだ!」
などと苛立った様子で騒いでいた。
どうするのか気になってしまい、しばらく様子を見ていたのだが、どうやら誰かが迎えに来てくれることになったらしく電話を終えた。


「暇だー、そうだ!全部お金使っちゃうぞ~」
と言いながら駅内にあった、お菓子や菓子パン、飲料の自販機に走りながら向かっていったときは笑いをこらえきれなくなり、心の中で「なんかあったら困るのだから、お金は大事にしなさいよ……」と言って、その場を立ち去った。

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 棒がない踏切

 

 

バスの時間までは三時間程度は余裕があったので、ヒッチハイクをし易そうな場所を探して、交差点を少し離れたところの車が入りやすい、且つ所持している荷物の多さをひと目で認識出来るような歩道をしっかりの吟味して確保した。

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自転車をガードレールにより掛けて、一度荷物を自転車からおろしたほうが良いかな?などと考えていた時のこと。
スッと対向車線から車がこちらに入ってきて停まったのだ。
「あっち渡るのかい? それ(自転車)畳める?」
二言目には私は感謝の礼を伝えて助手席に座っていた。
ヒッチハイクする前にヒッチされてしまった。

猿岩石日記〈Part1〉極限のアジア編―ユーラシア大陸横断ヒッチハイク

 

ドライバーの方は40歳くらいの男性で話を聞いていると、東北周辺の重機を動かす仕事をしているらしい。今は現場が福島第一原発で、(つまりは私が行きたい南側とは反対)前に自転車で東北一周した人を乗せてあげたことがあると話していた。

 

今回も含めて、前に長万部の手前辺りでキャンプをしていた時に、チェーンロックの鍵をなくして途方に暮れていたところ、チェーンを切るのに手伝ってくれた夫婦の時もそうだったが、
本当に困ったときに助けてくれる人は居るのだと実感し、そのもう一度会わない人達に対して何かしてあげられることを考えても私は思いつかないので、漠然と一先ず今後も生きていようと思いつつ感謝するのだった。

 

 

車は無事に自転車通行止めエリアを超えてファミマで昼食を取ったあと再出発した。
雨は依然としてポツポツと降り、気温を下げてくれている。

海に浮かぶ弁天島の鳥居を眺めながら走り、四倉の道の駅に着いたとたんに雨が酷くなる。

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ここの海岸線も工事中


時刻は五時になり、今日の宿を決めていなかった事を考え、雨宿りを兼ねてコーヒー(百円自販機)休憩をすることにした。


コーヒーを飲みながらシャワー位は浴びたかったので、airbnbかBooking.comで宿を取ろうかと考えたが五千円が惜しくなりもう少し走り、いい場所があれば野宿を続投することに決める。

 

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天気が不安定な中走る事一時間、海浜公園のような所にたどり着き、人気も日が落ちると無くなったのでここに落ち着くことにした。

 

米を炊いてレトルトの親子丼にしようと考えていたのも束の間。雨雲がすぐそこまで迫っていたのが見えていたからか、お腹が空きすぎていたからか焦ってしまい、火にかけていた鍋をひっくり返す始末。やっぱりアルスト用の五徳はあったほうが良いかもしれない……。一合分の米が丸々砂まみれになってしまった。


水も買い損ねていて無くなってしまっていたので少し歩いた先のトイレの手洗い場から汲み、ようやっと食事にありつけた。

 

暗闇の中、小雨に打たれながら松林の下で食べる親子丼を食べる姿は途轍もなく惨めだろうと思った。

 

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おまけ。

カモフラ率65%