骨の髄まで慯い

音楽馬鹿の節約生活

刺激を求めて雑踏に出てみることにした

 

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退屈すぎる。

 

朝の7時45分に起きて、急いで家を出てタイムカードを通し、何も考えていない眼で、実は周りのことをすごく気にしながら、目立たないようにコソコソと動き回る。お昼のベルがなれば社員に一言添えて作業場を抜けて、タッパーにめいっぱい詰めた白ご飯にふりかけをかけるという昼食を摂取して、その後30分の昼寝をしたら再び業務に戻りお面を被って精神を疲弊させながら残りの4時間を過ごす。一緒に作業に入っている人間に対しての不満や自分自身に対しての気づき、苛立ちが細かい埃のように積もりつつあり、それにようやく気付けるだけの汚れと余裕が増えてきているのが自分で分かった。

定期的に掃除はしているつもりだった。何しろ以前の職場よりも環境は良いし休みも週に二日ももらえている、多少の残業はあるけれどそれでも30分に収まっている。遅刻をしても怒られない。休みの希望もキチンと通る。何よりも業務内容に対しての時給が高い。これのどこにケチをつければいいのかわからない程の優良の職場環境だ。

掃除は得意なほうなのだが、心の掃除はうまくできないらしい。

片付けができない人が「どこから手を付けていいのかわからない」というのを聞いたことがあるが、生粋のA型資質で部屋が汚くなるという言葉と無縁だった私にとって、その言葉がようやく理解できた瞬間だった。しかし、振り返ってみると、この、「どこから整理したらいいのかわからない」という感覚はこれまでにも襲来していたのだ。高校受験、大学受験、大学中退を決意する過程、意中の人に対しての思い、さまざまな場面が追悼される。私にとっての人生の分岐点は迷ってばかりの自身を殺して、新たに生まれ変わるための儀式でもあるのだ。

さて、そういった迷いながら地団駄を踏み「死にたくないよ」と叫ぶ過去の死者に対して私はどうやった方法で殺してきたのか思い出してみようじゃないか。あれは確か高校受験の時だろう。私は当時であった美術教師にあこがれて芸術を学べる高校に通いたいと思い、それは達成されるのだが、それは逃げでもあったのだと俯瞰な目線を送る。誰かから何かを教わるということが苦手であったために勉強は嫌いであったし、その行為の先にある目標も見いだせなかった。だから芸術という世界を逃げ道として選んだのだと懺悔する。

そういった仮設の骨組みが丸出しの道だったからこそ、目的の高校に入学したものの3年間も突出もできず、不良にもなれず、ただ地味に成績を落としていき、美大コンプレックス解消のために成績を見ない私立で田舎の美大に通って行くことになったのは、まるで六分の一の確率で出してしまう最悪の目を見事に引き当てる事に近い。運がいいのか悪いのかわからない。

いやまて、人生を振り返りすぎて目的を脱してしまっている。私は迷ったときにどうしていたのか、考えなくてはならない。

確か、そういう人生の岐路に立った時は精神が不安定な状態なのだ。だから考えても考えても手が空を切り、答えが掴めないことばかりである。そこで、私は答えをつかむことを諦めることを学ぶのだが、無我夢中に明後日の方向に進んでいくと十中八九痛い目を見てきたし、これからも泣き目を見ていくだろう。そこで冷静になって、どかりと座り込み、手遊びの一つやスマートフォンを取り出してテトリスやオンライン麻雀にでも興じるのが一番良かった。その場を動かずに目の前の霧が晴れるのを待ってから進んでいったほうが安全であるし、確実なのだ。それでも人生というのは否が応でも進まなくてはならない時もあるのだが。

解決したところで話を戻すと、

私は退屈すぎて死にそうだった。

なので、雑踏に出てみることにした。いろんな人がいる中であこがれていた不良のように振る舞ってみたら楽しいのではないかと思ったのだ。それじゃあ思い立ったのが吉日ということで、小さいモニタースピーカーを買って、携帯バッテリーも買った。総計5万円程度。高校の頃に買ってから一度も活躍していない赤いアイバニーズのベースと同じくらいじゃないか。安い安い。そう自分に言い聞かせている。

何がしたいのかというと、路上ライブをしてみようというのだ。前述した不良のように振る舞ってみたら楽しいのではないだろうかというのは既に路上ライブをしている人たちに対して失礼に値するので謝罪の意を示すが、それをやってみようというのだ。

何も変わらなくてもいい。おなか痛くなったり、お縄になったり、死んだりしないのだから退屈なら家に籠ってないで外で思いっきり叫んでみたいと思った。