骨の髄まで慯い

音楽馬鹿の節約生活

サウンドアートの認識β

前提としてこれは私のまだつたない知識による、サウンドアートというものへの覚書である。

 

 

坂本龍一やジョンケージなどの作家による音を視覚的なものと組み合わせ、音という存在を分かりやすくした作品。または空間に音という異物の存在を投げかけて受け取り手に疑問を投げかける作品を指す。

 

大友良英merzbowなどのnoiseを主としたパフォーマンスをする人たちはアートから作品から影響を受けており、そのパフォーマンスがアート作品なのかと問われると難しいところだが、一先ずここではパフォーマンスという領域にとどめておくことにする。

 

よって、ここでは空間や視覚的に存在している(人物は除く)絵画や立体作品に音という要素を付け足したものがサウンドアートだという認識である。

 

manabe daitoはそういった作品にインタアクティブな要素を付け加えている。

それが私にとってもインターネット的。そしてITの発達によりできることでいけるようになったアートの次のステップだとも感じている。

これまでの芸術というものは作者の投げかけに対して受け取り者は個々に感想や思ったことを作者に対して返すということはなかった。

もちろんジェネレティブアートもインターネット的だとも思うのだけれど。

 

 あらゆる芸術家でも受け手のことを良く考えて作品を作り、見た人の人生を狂わそうと努力しているが、反応(行動)のことまで予想し、操作しようとしている人(作品)は少ないかもしれない。

しかしそれはいわゆる最高評価の作品であり毎回毎回そんなものを量産されたらその作品の価値が下がってしまうのかもしれない。