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骨の髄まで慯い

音楽馬鹿の節約生活

3日目

私は人とコミュニケーションをとるときに、自分の情報を相手にどの程度まで明かしていいのか相手を値踏みする癖...というか気質というか、そういったものがある。

これは情報とは値段をつけることの出来る価値があるものだと信じている事から来ていて、自分の情報が相手に渡った時点でどのような使い方をされるのか想像が着かない為に保身に走るからだ。

こいつは自分の中のこういう部分において役に立ちそうだから一部分だけ明かして置いて、情報を待とう。という使い方をよくする。

勿論、自分の情報を話したからといってメディアに載り世間からバッシングを受ける訳でもなく特に大した人間ではないと自負している。

 

そんな性格だと人間関係に難があるでしょう。という心配を受けるが実際はそんなことは無い。割り切ってしまえばいいのだ。

人間とは自分以外の人間は興味が無い事が多い。同じ職場でも相手の出身地、下の名前など、仕事を上手く回す事が大事であり、覚えておかなくてもいい必要の無い情報は入ってこないようになっている。

 

では、少しでも接点がある人はどういう紐付けで他人を覚えているのか。

まず、顔。そして声。最後に中身だ。この中身が重要で、数はひとつだけ。

初対面の人間に対して、この人はこういう人だという印象が一つだけしかインプットされない。なので、初日に遅刻をして来た人は「遅刻をよくする人」というイメージになる。それ以外であれば「元気のないorある人」か「やさしそうな人or感じが悪い人」とかだろう。それ以上に相手のことを知ろうとする人は好みの顔であったとか、そういう理由だと思う。

 

話が少し反れた気がする。要するに、人間はその程度しか他人に興味がないと分かってしまえば、そういう認識で他人に接すればいいのである。そのほうがよっぽど生きやすい。逆に利用していかないと利用される。親切心という名の人間の温かみなんて自己満足でしかない。まあ、20年間しか生きてきていないので井の中の蛙であり、よっぽど捻くれてしまっているとも少しだけ反省するときも有る。

 

尚、私は日本人としか接してきていないので日本人=人間という認識で書いてしまっているのはご了承願う。

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