骨の髄まで慯い

音楽馬鹿の節約生活

わたしへ

 

 

 デザインを学んでいた頃は自分の捉え方もあるし決してそれだけではないのですが

 

「クライアント優先!個性は死ね!お客様は神様!変更なんか文句いういうな!寝るな!」みたいな言われ様で教わっていたので、「自分の好きな事でお金がもらえる」なんてありえないと思っていたところがありました。仕事というものは自分を犠牲にして妥協をどのくらいするかが大事なのだと。

 つまりは音楽馬鹿の私が(本気の)遊びで作ったものに対して価値があるとは思いもしないわけです。それは自己満足でしかないわけでサービスの対象は自分ですから。

 逆にデザインではなくアートで食っていこうとすると必然的に自分の好きな事を仕事にするわけです。作ることが嫌いな人でアーティスト名乗っている人は今まで聞いたことないです。

というか、生み出す作品に愛だとか憎悪だとか何かしらの感情をこめて制作していくわけですから、自分の商品(作品)に対していろんな感情や意味をもっている人がほとんどです。

その辺のギャップに戸惑いつつ過ごし居て、少しずつ慣れて云っているところです。

 

方向が少しちがいますが、自分も下手の横好きでテクノやらエレクトロニカやらデンシオンガクを作り始めて2年弱になり、いかんせんお金がかかる趣味なので最初に買った音楽機材(kolg EMX¥50000)の値段分のお金を回収しようと思い立ち、自分で曲を作って自分以外の人にお金を払って聴いてもらうという所までなんとか到達することができました。

 

現状、家賃が5か月滞納したり食費を切り詰めてまでもそういうことがやりたかったという事を客観的にみてみると、音楽でお金を稼ぎたいという思いは他人より強いのかもしれない

 

しかし何が幸せかと考えたときに毎日3時間くらいはおいしい珈琲を飲みつつ好きなヨウツベで音楽を掘るなり、アニメを見るなりできれば満足なので要は時間を確保できるかどうかの問題なのか

自分の創ったもので他人の世界を変えたいという野望のようなものはあるが、自分の創ったもので他人の世界を変えられるのかと聞かれればそれは無理だと答える

 

それでは何があれば私が満足するのかと問題の回答を求めた結果、まだ答えが出ないという部分にそれでいいかと納得するやつとそれでいいのかと叱咤するやつが戦っているのであった。

 

それでも人は何者かになりたがるもので特に私には学が無き為に常人の道から外れて生きる覚悟をしたはずだったのにどうしようもなく不安に駆られ毎晩6時間しか眠れないのだ。自分にはなく他人にあるものを妬み。それは他人もそうなのだとわかっていながらも止めることのできない癖である。結局は誰かに褒められたいという欲求により私の創作意欲は働き始める。だが自分で納得し褒めた所で暖簾に腕を押すが如く糠に釘を刺すが如く馬に念仏を聴かせるが如く空を回りまるで虚無しか返ってこず、ある日他人にほめられようがものならば天邪鬼が姿を現し疑いの脚気を発症させて素直という部分を覆い隠すのだった。

 

要は何が言いたいのかというと、自分も他人も思っていることや考えていることは変わらず何かに悩みを抱えて生きているので何も気にする必要もないし正しい生活をして、悩みたいだけ悩み思ったように行動していれば結果的になんとかなるのだ。

一番よくないのが自分以外の人間に言われて行動することで、それが身内やとても親しい人であってもそれはしてはいけない。

あと、じゃんけんで負けてくれと言われたら負けてあげられるような素直な人間に私はなりたい