骨の髄まで慯い

音楽馬鹿の節約生活

『公園』が欲しかった

『公園』が欲しかった

子供のころ。学校が終われば全速力で教室を飛び出して家に走って帰る。そして、玄関の扉を開けて1秒。靴を脱ぐ時間も惜しんで、黒のランドセルを玄関に放り投げて『公園』へ向かっていた。

特別な場所に行こう。というわけではないのだ。毎日来る日も遊んでいる遊具も古臭い『公園』。
ここに行けばみんながいる。という根拠のない期待が心を躍らせていて、
『今日は何して遊ぼうか』『今日は誰と遊ぼうか』なんて考えながら、
毎日毎日、きらきらした放課後をそこで過ごしていたのだった。



さみしいという感情はない。といったらウソになるのだろうか。
時折、仕事の帰りに夜道を歩いていると子供のころの記憶が咽返してくる。
それは楽しかった記憶であるのだが、
遅延した終電を待つための暇つぶしスマートフォンの画面が暗転したときに酷く疲れた顔が浮かんでいる男にはそんな記憶の面影は無い。

仕事場と家の往復の毎日は、かつての学校と家の往復とのイコールでつながるはずなのだが
そこの楽しさはつながらない。
いつしか『ここに行けばトモダチがいるはず』の『公園』には足を運ばなくなり。
私は生物の存在が消えた火星のような『公園』の中で一つだけ照らされている赤いベンチに座って缶チューハイをあけて一気に飲み干した。


今でこそインターネットに居場所を求めることもできるのだろうが
Twitterを『公園』に例えると、
みんなが遊んでいる中で私はどこの輪にも入れずに隅でその楽しそうな様子を画面越しにを眺めているようだった。
自分に声が掛けられるのを待っている。
もちろん、次元が違う訳なので『遊ぼうよ』なんて声はかけられるはずもなく夕暮れで皆が帰るまで期待しながら、いつか声がかけられるように『良い子』にしながら待っている。

いつしか私はそんな状況に気が付いてしまったのだ。そんな私に対して私が憐れだと感じた。
そんなことをするならだれも遊んでいない砂場でアリの惨殺をしたり、トンボの身体をもぎって飛べなくなった姿をけらけらと独り笑いをしていたほうが幾らか気分はマシなのではなかろうか。

『良い子』にして待っているのが駄目なら『良い子』にして誘ってみれば良いのか?
しかし、それは『良い子』というのは自分自身の虚像であり実像ではないのだ。
私自身の実像とは例えるならば虫の残虐をしている姿であり、それを自分以外の誰かと共に二人で笑い合うのは酷く滑稽だ。

私以外の全人類が全て『良い子』ちゃんに見える。
そんな他人からも仲間外れにされて、私も自分自身を「何か」から仲間外れにしていた。


あの頃の何も知らない目をした自分だったからこそ、周りの事なんか気にせずに
自分の置かれた環境を最大限に楽しもうとしていたのだ。
その時はYahoo知恵袋で友達の作り方なんて検索しなかった。
Twitterで友達募集のハッシュタグなんてつけたりしなかった。
そんな事をしなくても『公園』に行けば楽しい友達が集まっていて、その輪に入って行けばよかったのだ。

何もかも知ったような気になって、周りの目を気にして、自分の立場や環境を守ろうと必死に成るば成るほど、あの楽しかった『公園』が遠い思い出となって大きくなる。


アッパーでもダウナーでもなくて、下の下なんじゃね?って話

アッパーでもダウナーでもなくて、下の下なんじゃね?って話


私はなかなかに顔に感情が出ないタイプで、そのせいもあってか
テンション上がることあるの?とき聞かれるとこも偶にある。
問に答えると、あるにはある。

しかしそれは10年前以上の話。高校生の頃に十時間くらい費やしてスーファミストリートファイター2春麗を使ってベガを倒した時。
それより先にはテンションが上がることはないと言っても良いだろう。

ここで言っている、テンションが上がるという感情について共通認識を作っておくと、例えばスポーツ観戦をしていてゴールや奇跡的なシーンが生まれたときに思わずスタンドアップして思わず咆哮をしてしまうような時の事である。

 

ネットで出会って三年ぶりに初めてあった友人に出会った時。
シカゴからのアメリカ縦断でゴールのマイアミの夕日を見たとき。
東京から札幌まで自転車で行ったときに見た札幌テレビ塔を仰いだとき。
大学に受かったとき。

以上の人生に置いてテンションを上げるべき反応を求められるシーンにおいてマシ・オカ並のヤッター!は出なかった。

勿論それはその時の状況というのも反応に対して鑑みることになるのだが。

ボストンの友人にあった時は寒さに凍えていたし、
自転車旅行でゴールしたときは一つの人生の区切りがついたという虚無感、
大学はあくまでも次のステップを踏み込んだに過ぎないと思っていた

 

そういえばふと思い出したが、Nathan fakeに会って2shot撮ってもらった時はテンション上がるというよりも緊張でもう限界ヲタクになっていたので違うと思う。


とにもかくにも、テンションが上がると傍からみてもわかりやすいような感情の起伏はしたことがないっていう話である

 

 

テンションがテンageげな渋谷のスクランブル交差点でバカ騒ぎするパーティーピーポーを指すときに長いので私はアッパーな人々と呼んでいる

逆に私のような根暗でも思慮深い人々のことをダウナーな人々と呼んでいる。

 

私はそのダウナーな方に該当すると思っていたのだがこれまでの事を振り返ってみると

ダウナーよりもダウナーで、もはやアンダーグラウンドなんじゃないか。地下室通り越してマントルに到達してしまっているんじゃないかというお話

 

 

モテるには

モテるには

私の目の前に高校生のカップルとみられる男女二人が座って会話をしている。

男性は先生や身内の男友達のことを話していて、女性はスマートホンを見ながら相槌を打っている。私は何となく女性側の気持ちを察した。

 

高校生というのは学校内、つまりは部活や教室での出来事が自分の世界の全てといっても過言ではない
勿論バイト先やインターネットのコミュニティに所属している高校生もいるだろうがそれは稀な例であり、それらの人らは今回の場合救われたという表現の人たちなのである

自分の世界が狭いと、入ってくる情報量も少ない。つまりはモテない。
どういうことかと言うと、
小学生や中学生までであれば運動が出来ればカッコいいと本能的に異性は思うものなのだ。
それは太古の昔に人類が狩りをして獲物が多く取れる男性がモテていた。それが子孫を残したいという感情になるわけだ。
そして、本能的な部分が自立していない子供の頃はまだそれが残っているからだ。

では、あいつは運動が出来ないのにモテていたという反論に対してはそいつは勉強が秀でていたのではないだろうか。


今の交通技術や畜産技術が発達した中で豚や鳥を捕らえられて自慢されても女性はドン引きするだけなので
現代版の獲物。つまりはお金がたくさん持ってきてくれそうな男性に魅力を感じるのは明らかである。
ではその獲物=お金はどうやって手に入れるのかと言うと高学歴なキャリアを積んで上場企業の高い役職につける人というのは勿論魅力的だと感じるのではないだろうか?


しかし、それも二十二世紀になり価値観が変わってきているというのが私のモテ持論だ


日本に限らず世界の先進国に関してはテロや政治に対する不信などから将来的な未来への希望に対して不透明な疑問や不安を抱いている人々が多いと予想する。
リーマンショック以降に関しては日本人だけでなく世界中の人々も安定していて安全だと思っていた大きな会社も潰れてしまい自身が職を失うという不安が積もる出来事ではあっだろう。

そうなると先に言っていた大きな会社に入って重役になっているだけでは今ひとつモテの要素としては女性にとっては足らなくなってくるのだ。

では、今は何が獲物として、モテ要素として重要な要素になってくるのかと言うと

それが情報だ。

広く浅い知識。生き残る知恵。それらを持つ男性に対して女性は魅力を感じるのだと。そういう説を推していきたい。

女性諸君、例えば、こういった経験はないだろうか?
デートに行って、自分の会社や上司、飲み会であったおもしろエピソードしか話さない男性に対して思った感情。
こいつ面白くないな。つまらない。
もっと先を考えるとこの人とはナシね。

男性諸君はなんだよこの女。と思ってしまいがちだが感情的にならず一歩引いて自分を見つめ直してほしい

目の前の女性はあなたの身内ネタを聞いて楽しいと思ってくれるだろうか?
あなた自身が女性から同じような仕事のこと、上司への愚痴を30分以上ずっと笑顔で聞いていられるだろうか?
それはそれは苦痛だろう。

つまりは面白い話の引き出しを持っている男性がモテる。多くの人を魅了する事ができる。
話が上手じゃないから……と諦めるのはまだ早い。
会話というのはキャッチボールだとよく聞くが、要はバッテリーの問題なので二人のリズムがあっていれば問題は無い。色々な人と組んでみて自分に合う相方を探せばいい。
勿論合わせてあげるのも大事だ。

では次に話の引き出しを増やす方法。つまりは情報を集める方法になるのだがこれは簡単だ。
今でこそインターネットも発達しているし、掲示板、ブログ、まとめサイト、詳しく知りたかったら動画で疑似体験も出来るし、VRを使えばストリートビューで現地に行ったとも言い張れる。……それは流石に言い過ぎたが、つまりは情報の集め方はいくらでもあるということだ。

しかしながら現地に行って体験を話すというのがやはりリアリティーがあるし情報の鮮度も抜群に良い。なによりも体験してきた事こそが正しい情報であるので獲ってきた獲物の強さが違う

最後に、高校生から二十代への男性諸君に向けて

モテるには情報の強さが大事になってくるので自分の足で獲物を取ってそれを女性に見せびらかせばモテるだろうということを伝えたい。

 

 

以上の文章は個人的な見解です。正しいかもしれないし正しくないかもしれない。